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真理子: 話, 学生, モルモン.

こんにちは,わたしは真理子です。

わたしについて

こんにちは。わたしの家は両親、兄、弟、弟、妹、妹の8人家族です。長女として育ちました。わたしの趣味は人の経験話を聞くこと。本を読むこと。(これは最近始めました)新しい考え方、捉え方、人の生きようを知ると本当に面白いです。わたし自身兄弟の多い環境で育ってきたことが少なからず影響しているのかも知れません。兄弟で過ごすのが大好きです。最近は妹が野球にハマり、一緒にキャッチボールをしたりしています。

わたしはなぜモルモンなのですか

わたしは祖父母が宣教師によってこの教会に改宗したため、3世になります。生まれた瞬間からモルモンとして少しずつ福音を学びながら生活を送り、それによって受けた祝福は数多です。 全ての長所、欠点を含め素晴らしい両親、兄弟がいます。数多い家族で育ち、裕福でないながらも本当に日々幸せを実感しています。 わたしは3世だからといって代々受け継がねばならないという義務感からモルモンになった訳ではありません。わたし自身本当にこの教会が正しいのか、自分が何を選ぶべきなのか、本当にいつも吟味していました。その度にあらためて神様が生きていらっしゃること、わたしを愛してくださっていること、贖いの力、そしてこの福音によらなければ、わたしは救われないと確信しました。この福音を学んでいることで、神様について考えることで、自分が理想としている以上に良い人になる事が出来ます。 わたしは元々弱い人間です。愛情深い人になりたいと常々思います。長年自分なりに考えて行動しても、いまいちその目標を達することは出来ませんでした。 でも本当に自分でも信じられないのですが、聖典を読むだけで、モルモン書を読むだけで、他人に対して優しく接する事が出来ます!これを知ったのは中学3年生でした。今まで親から与えられるだけだったよく分からない神様の教えを、自分から欲したのはこの時が初めてでした。(ちょっと時間が経っていたかも知れません。でもわたしの頭では仕方ありませんでした。笑)その聖典に書かれた時代背景や学術的な知識を持っていなくても、それが一切なくても、この文章、言葉はわたしの思い、考え方を良い方向へ変える力があると感じました。多分文章を本当に理解していなくても、ただその並べられた文字を追う事で「どこかわたしの奥底で感じる良い影響」というものがあるのだと思います。 高校を卒業して更に神様の教えについて理解を深めたいと思う様になりました。学べば学ぶほど、とんでもない神様の考えの深さ、また愛情深さを理解することが出来ます。アダムとイブから始まり今から何千何万年という前に生きていた人々から、またこれから何千何万年と生まれてくる後の人々に渡り果てしないその壮絶な幅の時代をまたにかけて、まるで全てを通して細かく糸で張り巡らされたように緻密に、神様はわたしたちと交わしてくださった約束をひとつひとつ覚え、守り続けてくださっていることが分かります。またどの時代でもわたし達ひとりひとりに、助けと愛を示されておいでです。 わたしが本当に神様が愛してくださっている娘であることを理解しました。(幼い頃から知識としては知っていましたが。)ずっと卑下していた自分のことが初めて神様によって大切な存在なのだと感じました。何事も希望を持って頑張ろうと思えます。 神様のために何かしたいと思います。自分を気にせず他の人を助けたいです。神様、またイエス・キリストは生きていらっしゃいます。これは紛れもなくわたしが日々感じている証です。どうしても覆すことが出来ません。また、生まれた時からわたしがモルモンであった事、本当に祝福で幸せだと思います。良いものを与え続けてくれた両親に心から感謝です。

わたしの信仰生活について

毎週日曜日、わたしは小さい頃からほとんど欠かさず教会に通っています。わたしの家からは歩いて15分の所に教会があります。昔は両親に連れ添われて行っていましたが、中学3年生から、親が希望しているからという思いではなく、しっかり自分の行きたいという意思で教会に通っています。毎週日曜日に教会に行って平日の生活から離れ、穏やかな時間を過ごすのは本当にわたしの生活の助けです。運動会があろうと部活の大会があろうと、わたしは教会を優先しています。その事で本当にわたしの生活が神様によって守られているものだと感じます。 高校を卒業してすぐに、教会の福音基礎クラス教師に召されました。教会に初めて来られた方々をお招きし、神様の教えについて簡単なレッスンをする教室の先生です。もちろん喜んで引き受けました。神様の教えについてよく考えてレッスンを準備し、他の人と分かち合うのはめちゃくちゃ楽しいです!また更に神様の教えについての新しい「理解」を深めることができます。わたしたちが何を本当に大切にするべきなのか、改めて確認することが出来ます。 やりたい!という思いとはまた別に、初めの頃、教師はなかなか大変なことでした。19歳の若さで、教会についてちょっと知りたいかも、又は福音をすごく学びたいと思って来られる大人の方(30代40代、時に60代の方もいらっしゃいます。)に神様の福音について教えるのです。舌っ足らずで説明下手でした。伝えたい思いは充分にあっても、伝える能力がありませんでした。何度も失敗したと感じて、わたしの様な未熟者の若造に何が教えられるのかとも思いました。 でも本当にあれほどわたしが様々な事柄を学び、成長したことはなかったです。少しでも参加する方々の理解が深まるように、生活が良い方へ1歩でも進むように、今まで以上に神様の助けを求めていました。そしてレッスンの準備をすればするほど、本当に神様の助けの力を感じました。 たくさんあるエピソードの中のひとつを分かち合います。ある日曜日いつもの様に教室で福音基礎クラスのレッスンをしていると、1人の求道者の女性の方が突然、涙を流しながらわたしのレッスンを聞いてくださっていました。当時は本当にびっくりして、まさか自分のレッスンに対して、涙が出るほどに失望されたのかと思いました。(それしか思いつきませんでした。笑)後で恐る恐る宣教師にその事を聞くと、開口一番にレッスン素晴らしかったよ!と言われました。嘘だと思いましたが詳しく聞くと、実はレッスンを受ける前、求道者であるその女性は、あるひとつの戒めについて守るべきかどうか、答えを出しかねていたそうです。そんな時まるでそれを知っていたかのようにわたしのレッスンで、(完璧でないレッスンにも関わらずです。)その女性は守ることが必要だ、これが天にいらっしゃる神様の望みでもあるのだとはっきり答えを感じることができたのだと説明されました。 それを聞いた時の嬉しかった気持ちは、本当に忘れられません。女性が神様の力によって戒めを守ることの大切さについて教えられたのと同じ時に、わたしも神様によって、神様の教えを他の人と分かち合う嬉しさを知りました。(19歳でです!)神様の教えを分かち合うのに、年齢も学歴も、本当に必要ないということも知りました。わたしにもわたしの出来ることがあり、またそこに神様の助けが加わることで、自分の力だけじゃ思いもよらないようなすごい事ができるという莫大な可能性と自信に満たされました。 わたしの他に教師にふさわしい教会員の方は沢山いました。福音に対する知識も豊富、レッスンの仕方も分かりやすく、経験も豊富な方々です。普通の人が考えたらわたしよりも当然その教会員の方々を選んでいます。でも神様はわたしを選ばれました。何故なのか最初分かりませんでした。でもわたしに、またその教室に参加される方々に必要とされました。また今ではその事が素晴らしい神様のお考えだったと確信しています。本当に神様がその教会員でない女性も、未熟者であるわたしでも、一人ひとりを理解し、愛してくださっていることを信仰生活を通して感じることが出来ます。