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沼田姉妹: モルモン.

こんにちは,わたしは沼田姉妹です。

わたしについて

私は10人きょうだいの末っ子でした。中学校卒業後すぐに地元のバス会社に勤めました。間もなく母親が病気で入院するようになったので私は母の看病をしながら、主人と結婚するまでの1年半、病院からバス会社に通いました。 主人とは会社で出会いました。結婚したのは満でいうと17歳半くらいのことで、高校にも入らないですぐにバス会社に入って巡り合ったので、何もわからないままに結婚してしまいました。主人の母親が体が弱いということで、早く家のことを手伝うようにと言われていました。また主人の家は同じバス会社の課長さんともお付き合いがあり、その課長さんが私の自宅までいらっしゃいましたが、私の父親も年老いていましたので、女は縁があったら嫁いだ方が幸せだということで、親自体が承諾してしまいました。主人の家も、バス会社の専務が私の叔父だったので、専務の姪ならば身元がしっかりしているということで結婚に踏み切ろうとしたようです。私は二十歳まで結婚する気はなかったのですが、そんなことがありとにかく早くに結婚しました。いろいろありましたが、昨年結婚60周年を迎えることができました。

わたしはなぜモルモンなのですか

私は1992年10月18日に改宗しました。 本当は教会に入ったわけも複雑でした。当時私は離婚するつもりで、実は書類も用意していました。そんなときちょうど子供と孫が家に遊びに来たのです。娘は高校生のころ教会に入ってからちょうど20年が経っていました。私は、教会に行きたいと娘に言いました。教会に入って主人とは違う道を歩もうとしていたのです。 教会に入りたいと思ったのは『モルモン書』に惹かれたからです。モルモン書には、人が存在するのは幸福を得るためである、ということが書かれていました。私もこの辺で幸せになりたい、教会に行けば私も幸せになれるのかな、そう思いました。 娘と一緒に教会に行ってみるといろんな方との出会いがありました。扶助協会である方のお話を聞いたときに、すばらしい方がこの教会にいるということがわかって感動しました。信仰の篤さと指導者に従順に従うお人柄に強い印象を受けました。その方に「またこの次いらっしゃいますか?」と聞かれましたが、娘と一緒でなくても一人でもまた「行きたい」と思わせてくれるような、引き寄せられるようなインパクトがありました。 教会で何よりも感動したのは、賛美歌でした。「家庭の愛」という賛美歌を娘と一緒に並んで歌ったときに、私が主人に求めていた愛が、自分に無かったということを感じることができたのです。愛さえあればどんなことでも赦し合える、私にはこれがまったく欠けていたと感じました。このときのことを思い出すと、今でも目頭が熱くなります。神様が私に自分の愛のなさを教えてくださったことに、本当に感謝の念でいっぱいです。 ですが改宗した一番のきっかけは、娘と孫たちです。小っちゃな孫が、ごはんのときやおやすみのときに必ずお祈りをしていました。私たちを本当に特別な気持ちで過ごさせてくれたのが、孫たちでした。何というか心が平安になって、ほかのことは何も考えられないような、幸せな時間を与えてくれました。4歳くらいの孫に「敬虔とはなあに」と聞くと「わたしは…」と教えてくれます。改宗した親に生まれたので、孫たちも本当に小さいころから神様のことを愛していることが伝わってきました。 こうすればもっと幸せになるんですよ、ということを福音は教えてくれます。愛と希望と信仰の3つが私の柱となっています。

わたしの信仰生活について

改宗して2年余りが経ったころ、私たち夫婦は神殿宣教師に召されました。その約10年後にもう一度神殿宣教師として奉仕することができました。合計3年9か月、3人の神殿会長に仕えて奉仕が出来まして、本当に祝福でした。 3人の会長さんは本当に素晴らしく、いつも私たちが成長できるように、神様と同じように導いてくださいました。奉仕する中で辛い時も苦しい時もありましたけれども、それぞれお仕えしてきた会長さんたちの愛があったからこそ、ここまで来れたのだと思います。 特に忘れられないのは十二使徒のスコット長老とエバンズ長老が、娘の夫に癒しの祝福をしてくださったことです。義理の息子は亡くなる前に、当時の神殿会長さんのはからいで、スコット長老とエバンズ長老が日本にいらしたときに癒しの祝福をしていただくことができました。主人は癒しの祝福に参加させていただいて、わたしたちはその場におりましたけども、涙があふれるような経験でした。スコット長老は儀式の後に、私にまでハグをしてくださり本当にすばらしい経験でした。お仕えした会長さんたちのはからいでたくさんの祝福を受けて来ました。私も来世に行ってもスコット長老にハグされるような行いをしていかなきゃいけないなと思っています。 伴侶を亡くしたその娘も私と同時期に神殿で奉仕していました。娘は今も奉仕をしていて、神殿で奉仕している時間が一番幸せだと言います。 私たちは親子で儀式を施したことがあります。これは私の夢でした。いつか娘と一緒になれる日が来ないものかとずっと思っていました。そしてその機会をいただいて、娘と再び愛を確かめ合い、幸せを感じることができました。神殿の儀式執行者としても、いつも祝福を受けて来ました。 私の心の中は、幸せで山積みです。 神様は私たちのことをすべてご存じです。子どもたちよりも改宗は遅れましたけれども、神様の計画の中にちゃんと私たちが入れるように、神様は私たちを神殿に呼んでくださいました。今考えてみると、そうとしか思えません。 3年9か月という神殿の奉仕は本当に私たちにとって大切な宝物です。これからもいつも自分の心を、完璧ではなくとも神様によしとされるような生き方だけを心掛けて、娘たちの後を追って行きたいなと思います。