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渡邉正二: 系図, 土地家屋調査士, 声楽, オペラ, 震災, 人生の目的, モルモン.

こんにちは,わたしは渡邉正二です。

わたしについて

ここ4年ほど法務局に勤めています。以前は土地家屋調査士事務所を30年間経営していました。 20代の頃から声楽を続けており、以前仙台オペラ協会に所属していました。ディナーパーティーや会社の祝い事に呼ばれるなどして、または楽器の演奏会のゲストなどとして仕事として歌っています。要望に合わせてカンツォーネ、オペラ、日本歌曲、シャンソンなどを歌います。介護施設や被災地の避難所などでボランティアで歌うこともあります。100人にも満たないところから2000人くらいの会場まで色々な場所で歌いました。

わたしはなぜモルモンなのですか

以前入っていた宗教から少し遠ざかっていた時、自分の生活に何かしっかりした規範が必要だと痛切に感じました。そんなときに末日聖徒イエス・キリスト教会の無料英会話のポスターを見かけました。 道場破りのような感覚で英会話教室である教会に行き、宣教師に色々な質問をしました。「神というのはどういうものなのか」「人生の目的は何なのか」と、今思えば教会で話されていることと同じような質問だったと思います。宣教師の答えは私のこうあるべき、こうであろうという想定と比べて違和感がなく、「これだ」と思いました。最初の訪問でこの教会が自分の探していた場所だと感じました。 しかし自分の意思が軟弱であるために、バプテスマを受けるまで2か月くらいを要しました。その間ほとんど毎日のようにレッスンしてもらい、自分の中にある色々な疑問を解消してバプテスマを受けました。26歳の時でした。 宣教師は少し意地悪な質問をしてみても非常にまじめに受け答えしてくれました。その人柄にも感じるものがあったと思います。最後の方は細かい答えの内容はあまり問題ではなくなっていました。この教会は本当だと感じていました。

個人の体験談

モルモンはどのような理由から,家族歴史や系図活動を行っているのですか。

教会員は先祖の救いのために自分の系図を調べます。私は若い頃のある時期に集中的にやりました。かなりの量の資料を集め、誰からどんな子供が何人生まれたかなど一見してわかるような大きな詳細な図面を作りました。自分の責任を果たせたという充実感はありますが、その後に亡くなった方もいますしまだ探求していない部分は数多くありますので、これからさらに進めたいと思います。

人々を祝福するようにあなたの才能や賜物を使うにはどうしたらよいでしょうか。

東日本大震災当時、私は仕事で内陸にいたので津波による被害は受けませんでした。しかし激しい揺れにその日の業務は中止になり、私は自宅のある石巻に向かいました。どこも車がいっぱいで動かない中、回り道をしてなんとか自宅から8kmくらいのところに戻りました。そこでは車はみな高台に登っていましたし、人もがやがやと騒いでいて、道路は冠水していました。何が起こったのかよく理解できず、変な光景だと思いました。車が途中で動けなくなったので諦めて建物に避難させてもらい、結局そこに3日間泊まりました。寒く食べ物も少ないところ、ひとつのパンを3,4人で分け合いました。その後道路が崩壊していたので迂回して歩き、3日後くらいにやっと帰れました。幸いなことに、家族は無事でした。 教会は被災した人々の支援のために動き出しましたが、そのお金や人手をどこに向ければよいのか判らず、私のところに電話が来ました。私は地元の人間として復旧・復興をするための色々な施設や道具を紹介して、地域に食料やあるいは寒さをしのぐストーブや毛布などを救援に来た人たちと一緒に運んだり、運ぶ手はずを整えたりしました。これは人同士のネットワークがうまく機能した仕事でした。 そして、全国からたいへん大勢の方が炊き出しなどに来てくださいました。その人数は日本にもこれだけの人がいるのかと思うくらいでした。日本はまだまだ捨てたものではないと思いました。 ただ、フィリピンから日本が受けた支援は7,500万円くらいだったかと思いますが、台風30号に襲われたフィリピンに日本がとりあえず送ったお金は1,000万円くらいです。フィリピンだけでなく台湾からもとてもたくさんの支援を受けています。日本はこんなに助けてもらっているのにほかの国の人が困っていても案外関心が薄いのではないかと思います。これからも多くの国で色々な災害が起きるかもしれませんが、そのときにどの程度の支援が可能でどこまでするべきなのかということを考えさせられました。 東日本大震災から3年が経ちました。1,2年目はほとんど変化はありませんでしたが、3年目になると家が建ち始めたりと変化が見えてきました。大がかりな区画整理などはまだまだこれからの状況です。

わたしの信仰生活について

教会に入って良かったのは自然な形で人間形成ができることです。強制したりせずに、ごく自然に毎日の生活をしながらだんだん正しい方向に歩んでいく、という無理のないところがいいと思います。 あるとき、思いがけず昔の友人に会いました。でも彼は昔心に描いていた人とは全く違う人物になっていました。毎日お酒を飲んで、生活そのものが破たんしていたようでした。節度なく自分のしたいことばかりしていたらもしかしたら自分もこういう風になったのかなと、そのときは教会に入ったことを大事に思いました。 イエス・キリストの福音から善悪を学びました。悪い事には手を染めない、もし悪いことをしたら悔い改めをするということを学びました。そのことが後々の自分のありように影響しました。 知恵の言葉からも大きな影響を受けました。少し太っていますが今のところ生活習慣病にはかかっていません。お酒もたばこもやらないのは声楽にも良い影響があります。 そして教会内外の色々な人と交わって、ある種のネットワークができています。私は一人ではなく仲間があり、指導者がいるということも、何があっても心配のない生活を保てるひとつの原因になっています。