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塩田まき子: 系図, 家系図, 震災, モルモン.

こんにちは,わたしは塩田まき子です。

わたしについて

新聞配達をしています。 子供は4人いますが、多くは独立しました。

わたしはなぜモルモンなのですか

私が高校2年のときに、大学生だった兄が亡くなりました。卒業間近のお正月のことでした。兄は卒論のため遅くまで大学に残り、吹雪の真夜中、家に歩いて帰って来る途中でタクシーに轢かれてしまいました。 亡くなった兄は私の夢の中に度々出て来ました。私は兄のためになんとかしてあげたいと思ったのですが、何をしてあげればいいのかわかりません。そのようなことが何回もありました。 数年後、私は就職して寮生活をしていました。すると兄は再び夢の中に出て来ました。何か意味があるように思いました。偶然にも寮の中には末日聖徒イエス・キリスト教会に行っている人がいました。彼女はある日、食堂で誰かを教会に誘っていました。すぐ近くにいた私は、「私を連れて行ってください」と自分からお願いしました。 こうして私は教会に行き、宣教師と話をするようになりました。早い段階で、私は宣教師から「系図」という言葉を耳にしました。この教会では、教会を知ることなく亡くなった人のために身代わりのバプテスマ(洗礼)などの儀式が行われていますが、そのために教会は系図の探究活動に力を入れています。系図のことを聞いたとき、兄が伝えようとしていたのはこのことだったのだと思いました。兄の話を聞いた宣教師も、「ぜひお兄さんのことを調べてください」と言います。私は、ああこの教会だ、と直感しました。 ふつう系図の話は早い段階から宣教師が話すことはありません。もし系図のことを言われなかったら、私は教会に入らなかったかもしれません。 神殿に兄の情報を提出した後、かなりの時間を要しましたが、兄のために死者のための身代わりのバプテスマを受けていただくことができました。

個人の体験談

日常の活動について考えてください。はじめから結果が分かっていない場合に,あなたは何に基づいて毎日行動しているでしょうか。信仰は行動をどのように駆り立てているでしょうか。

2011年3月11日、東日本大震災があった日、私は宣教師との会う約束があったのですが歯の治療のためキャンセルしていました。治療を終えて、どうしても教会に行く必要があると感じ、スーパーで食べ物を買い、教会に行きました。結局宣教師との約束に間に合い、教会で食事もしました。 そのとき買った食べ物を、教会にいた方に「後で食べてください」と何も考えずに差し上げました。その後、地震が来ました。 私は食べ物を差し上げたことをすっかり忘れていましたが、後日その方とお会いしたときに「あの時にくださった食べ物で私は助けられました。何も食べ物がなく、停電して、福島には真夜中にようやく帰りました。ありがとうございました」とお礼を言われました。そうだ、そのようなことをしていたなと思い出し、イエス様が私を使ってくださったのだと感謝しました。

あなたはなぜ,またどのように友達と福音を分かち合っているのですか。

世の中には「自分さえ良ければ良い」という考え方がありますが、震災などの経験から世間は「人とのつながり」を求めるようになってきたと思います。私も周りの人とのつながりの中で、教会員ではない人にも教会のことを話すことが少しずつでも出来るようになってきました。 友達には、教会員でいて良かった、嬉しいという気持ちを素直に口にしています。人生のいろいろな経験を通して、教会員で良かった、これからもがんばろう、と思うようになりました。しかし友達を極端に教会に誘ったりはしないようにしています。長い時間をかけて接する中で、少しずつ伝えて行けばいいと思っています。私が教会に行って元気でやっているところを見せていれば、後々わかってくれると思っています。

教会の集会に出席することは,どのような助けとなっていますか。

教会で経験することは、世の中ではお金を出さなければ得られないことです。教会に入るまでは人前で話すこともできませんでした。でも教会ではそのような機会に恵まれます。子育てが終わってからも、普通だったら時と共に家の中に閉じこもって行きがちですが、教会に行っていれば若者や子供と触れ合うことができます。これも私にとっていい刺激になっています。教会では色々な機会に恵まれます。それらすべてを教会なしに経験しようとすると、いくつものセミナーに通わなければいけないほどです。 私は教会で子供たちに福音を教える責任をいただいています。子供たちの純粋な一言一言、証はとても素晴らしいです。この前も幼稚園の子が「友達が困っていたからお祈りを教えたよ。『困ったときにはお祈りするんだよ!お祈りはこうやってするんだよ!』と言ってあげたよ。」と言っていました。子供たちの素晴らしさを知るというのは本当に良い経験です。

祈りはどのような方法で答えられてきましたか。

東日本の前に、出産を控えた娘が仙台に戻ってきました。そのため娘も被災しました。孫は、震災直後の3月26日に生まれました。臍の緒が絡み、良くも悪しくも途中で生まれることがなく後で娘から知らされました。 皆さんの祈りの中で無事に生まれたのです。 11ヶ月の上の子は娘と一緒に仙台で震災を経験しました。 この子のお父さんが機転を利かして迎えに来て居なければ、鹿児島まで帰ることがなかったと思います。 皆さんの祈りと信仰で助けられたことを感謝しています。

わたしの信仰生活について

これまで人生の中でとても大変なこともありました。なぜ乗り越えられたかというと、それは教会の人たちの愛があったからです。今考えると教会の方がいつも私をそばで支えてくれいました。また、大変な時期だった当時でも、子供たちの結婚相手は順調に次から次へと決まって行きました。これはふつうなら絶対にあり得ないことだと感じました。神様の助けを感じ、信仰していて良かったという気持ちになりました。 また神殿に行くと、自分が一歩主に近づけるようです。神殿参入は信仰を強めてくれます。この生活を続けたいと思います。