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謝花: モルモン.

こんにちは,わたしは謝花です。

わたしについて

得意なことは収納と片付けです。 人はそんなに物を持たなくても生きていけると思っています。誰かがたくさん持つと誰かが足りなくなります。食べるものも同じです。イエス・キリストは「地に満ち足りて余りあり」とおっしゃっています。どこかで食べ物が無くなったり動物が少なくなるのは、地球上で誰かが食べ過ぎたり毛皮を着たりしているからです。「少ないもので暮らす」を大切にしています。 私は生まれてから二十歳まで4畳半一間に家族5人で住んでいました。物に執着がないのはそこに理由があるのかもしれません。

わたしはなぜモルモンなのですか

私は教会を潰しに来ました。この教会は嘘の教会だと思っていました。神様は本当にいるので、悪い教会は潰さなければならないと思っていました。 この教会を知ったそもそものきっかけは、就職試験に10分以内に英文の履歴書を持って行かなければならない状況に追い込まれたときでした。当時はパソコンなどがないので、「英文のタイプライターはどこにあるかな」と探していたところ、駅で度々外国人を見かけていたことを思い出しました。それがこの教会の宣教師でした。 教会に行ってみて、なぜこの教会には十字架がないのかな、なぜ宣教師は2年間自分のお金と時間を使ってこんなことをしているのかなという疑問が湧いてきました。 そこで1か月後、教会に行ってみて、なぜ十字架がないのかという疑問を教会の人に尋ねてみました。ところが、その人は大変無愛想で不作法でした。初対面の人にこんな接し方をする人がいる教会は嘘だと思いました。 それ以降、どんなところか見極めてやろうと一人で教会に乗り込み、集会のときには一番前の席に座り様子を見ていました。すると宣教師には信仰があり人柄も良く、この教会は本当かなという気持ちも出てきました。しかし会員を見ると、やはり嘘だろうと思いました。私は神様はいると確信していたので、間違っている教会は潰さなければならないと義務感から責任を果たしていました。教会員になった動機も、中に入ってからの方が潰しやすいと思ったからです。 とはいえジョセフ・スミスのことは信じていました。ジョセフ・スミスは真実の教会はどこにあるかを神様に尋ねました。餅は餅屋で、神様のことに疑問があれば神様に尋ねるのは正しいことです。ジョセフ・スミスは神様を確かに見たとわかりました。でも、真の改宗はしていませんでした。 本当にこの教会に改宗したのはイエス・キリストが十字架にかかったことと自分の関係がわかったときです。そのとき、何が何でもイエス・キリストに付いて行こうと思いました。教会員は問題ではなくなりました。教会員は同じ方向を向いて歩いて行く仲間です。自分の不完全さが問題となりました。教会員ではなく、神様と自分の関係が大切になりました。教会に改宗するのでもなく、教会員に改宗するのでもありません。イエス・キリストに改宗しました。

個人の体験談

日常の活動について考えてください。はじめから結果が分かっていない場合に,あなたは何に基づいて毎日行動しているでしょうか。信仰は行動をどのように駆り立てているでしょうか。

東日本大震災のとき、私はテレビを見ていました。あと3-4分で最終回のドラマが終わるという「いい時」に、突然画面がかわり「緊急地震速報!!」という張り詰めた声とともに、不安げなあのピロピローンというサインが鳴り響きました。そして、プッツン!停電。さあ、地震がくるぞと思い、いつも近くに置いてあるヘルメットをかぶり、机の側に寄ったとき、激しい揺れがきました。しゃがんでいるだけで精一杯でした。左右に揺れるだけでなく、ぐるぐるとかき回すような揺れでした。電気の傘は天井にぶつかり、押入れの襖がはずれ、布団や荷物が飛び出し、ベランダの網戸も飛びました。本も水平に飛びます。「これが宮城県沖地震?本番かな。」と思いながらも長く揺れるに任せていました。揺れながら祈っていました。「神さま、どうぞ、子供たちを守ってください。」あの子達はどうしただろうか。関東も揺れただろうか。すぐに携帯に飛びついて、「ママたち無事」と長男に送信しました。ひとりだけでも連絡しておけば、そこから伝わるだろうと思ったのです。このときは、まさか東北全部の携帯の基地局が壊滅したとは考えていませんでした。やはりすぐに通じなくなりました。 我が家はたいていの家具やレンジの下に5㎝2のラバーマットを四隅に敷いていましたので、それらはひとつも倒れませんでした。結局、壊れたものは土鍋と植木鉢だけでした。しかし家の壁にひびが大小20箇所くらい入り、アパート敷地には長い地割れができていました。半壊でした。 その夜は大きな余震が続き、よく寝られませんでした。すぐに飛び出せるよう鍵をかけないで寝ました。停電しているのでとても寒く、使い捨てカイロを両足裏に貼って寝ました。アパートの住人で避難した人もいました。家屋がつぶれるおそれがあるので一度、車で寝ようとしましたが、寒くて狭くてとても寝られませんでした。落ち着いて睡眠がとれないことは、すべてのことにマイナスになります。ライフラインが復活しお風呂に入れるようになっても余震はたびたびあったので、バスタオルの横にヘルメットを必ず置いて、さっさと入浴しました。ちっとも、休まりませんでした。 私はペットボトルの水や食料や紙類を貯蔵していたので、ライフラインが止まっても、店が開かなくても困りませんでした。 なによりも気持ちが平安でした。けれどもガソリン不足は考えていませんでしたので、自分がすぐに誰かを助けに行かれないことを本当に残念に思いました。

わたしの信仰生活について

人生に福音を散りばめるではなく、福音の中に自分の人生を置くことです。