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眞理子: モルモン.

こんにちは,わたしは眞理子です。

わたしについて

以前は仕事柄、人の悩みを聞くことが多くありました。一番多かったのは夫婦の問題です。 話を聞くときは悩みを話してくれる相手の言葉をそのまま返したり、ちょっとだけ提案するようにして、あくまで本人に答えを出してもらうようにしました。また、褒めたりねぎらったりすると、相手はリラックスしてくれます。相談してくれた人には、話してくださってありがとうございました、と心からの感謝を伝えてもいました。 これは教会から教えてもらったことでもあって、相談されるときには直接「福音」(イエス様の教え)という言葉を使わなくても、福音を人に伝えればよいという意識はありました。教会でもそうですが、聖典やテキストに書かれていることをお互いに教え合うことによって、ほとんどの方は自分の力で問題を解決します。そして誰もが自分のことを認めてほしいと思っています。福音はひとりひとりすべての人が神様の子供で、神様に愛されていること、人には大きな価値があることを教えています。相談を受けるときの話の仕方は、気持ちの上では実は福音に根ざしていました。 今は仕事で障害を持った子供と接しています。子供もみんな自分のことを認めてほしいと思っていて、私に甘えてきます。でも、こんなおばあちゃんでも私を必要としてくれている人がいる、子供に必要とされている、ということにむしろ私が助けられています。誰にとっても、誰かの心にかけられるというのは大きなことです。神様は聖典や指導者を通して、どの人もいつも神様に愛されていて、必要とされていること、人には大きな価値があることをいつも教えています。大げさに言えば自分の生活のベースは教会によってできたんだなと思います。福音の教えの中には実践できていない部分も大きいですが、生活のベースが福音であることは幸せなんだなと思います。

わたしはなぜモルモンなのですか

家の近くに一軒家がありました。私の母は、そこでは英会話が開講されているらしいことを誰からか聞き、それがきっかけで私はその英会話に行き始めるようになりました。その一軒家はこの教会が教会堂として借り上げたところで、英会話の先生はこの教会の宣教師たちでした。はじめて参加してみると、先生の宣教師たちがとにかくすごい!という印象を受けました。若い外国人の宣教師はかっこいいし、日本人の宣教師も英語はできるしスーパーマンに見えました。20代前半の頃でした。 福音にも少し興味があったので、宣教師のすすめで福音についても勉強し始めました。教会に入りたいと思ったのは、宣教師たちのようになりたい、という思いからだったように思います。それは素晴らしいことだったと感じました。しかし、私の母は教会に入ることに猛反対でした。母の反対を切り抜けるのは本当に勇気の要ることでした。食事のときに意を決して、食事の前のお祈りをしていいかと母に尋ねたのを覚えています。母は何も言いませんでしたが、一回言うととても楽になりました。日本人の宣教師たちも私の母に親しくなれるように毎日一生懸命働きかけてくれました。その甲斐あって教会に入る許可を得ることができました。

わたしの信仰生活について

教会と出会わなかったら今の幸せはないと断言できます。教会を通して得られた人とのつながり、教会を通して知識として学ぶことの大きさは計り知れません。福音を知ることで得られた友達関係は気を遣うことがありませんし、強いです。 私は教会に行っていますが、主人は教会員ではありません。子供も小学校までは喜んで教会に行っていましたが、クラブ活動が忙しくなったことをきっかけに教会にはいかなくなりました。私の努力も足りなかったのかもしれませんが、今私が教会に行く上で全然孤独を感じていないのは家族の協力なしにはあり得ないです。宣教師さんたちもしょっちゅう家に来て家族と一緒に楽しい時間を過ごしてくれたり、家のことを手伝ったりしてくれます。家族と宣教師さんたちにはとても感謝しています。 東日本大震災を通して教会の組織力のすごさを感じました。震災の翌日か翌々日から、北海道からノンストップでガソリンのタンクが来ました。後で聞いて分かったことですが、この迅速で広範な支援には、阪神淡路大震災の教訓が生かされていたのだそうです。