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庄子愛美: ワシントン, 伝道, 英語, 宗教, 神, 信仰, モルモン.

こんにちは,わたしは庄子愛美です。

わたしについて

昨年6月に入籍し、今は旦那さんと2人暮らしをしています。一人目の子供を授かり、再来月に出産予定です。伝道で培った英語力が買われ、以前は半導体の輸出入を扱う会社で、事務員として海外とのやり取りをメインにしていました。子供を授かることも、子供が無事に生まれることも当たり前のことではなく、命を授かるというのは神聖なことだと感じています。

わたしはなぜモルモンなのですか

両親は私が生まれる前からこの教会に入っていたので、物心ついた頃には福音の中で成長していました。その中でふと、「ほかのことを知らないのに、どうしてこの教会が唯一まことの教会だと知ることができるのか」と思ったのが15歳の頃でした。そのときに聖典をパッと開いたら偶然この聖句が目に入ってきました。 しかし見よ、もしあなたがたが目を覚まし、能力を尽くしてわたしの言葉を試し、ごくわずかな信仰でも働かせようとするならば、たとえ信じようとする望みを持つだけでもよい。わたしの言葉の一部分でも受け入れることができるほどの信仰になるまで、その望みを育ててゆけ。(『モルモン書』アルマ書32章27節) この「たとえ信じようとする望みを持つだけでもよい」という言葉がとても心に響き、一気に心に変化を感じました。おそらくこれが私にとっての最初の個人の改宗だったと思います。神様が『モルモン書』とこの福音が真実であることを、聖句を通して私に教えてくれた経験だったと心から思います。そのとき「知ってしまった」と自分でわかり、もう否定のしようが無くなりました。かつてないほどの力で聖句が心に迫って来たこの経験が、私の改宗談だと思います。

個人の体験談

祈りはどのような方法で答えられてきましたか。

22歳の頃ワシントンD.C.で伝道しました。まさかのアメリカで伝道することになり、最初はとにかく言葉で苦労をしました。周りを見渡しても、そこには日本語がわかる人が一人もいません。朝起きてから夜寝るまで、日本語を口から出す機会がまずありませんでした。唯一、日本語を話しかけて分かってもらえるのが、夜寝る前の神様とのお祈りだけでした。そのような環境で最初はとても孤独を感じましたが、だからこそ神様とはたくさんお話をして、個人的な関係を強めることができました。寝る前のお祈りでは、神様はとてもよく私の話を聞いてくれている、見守られている、といつも感じていました。そしてその度に「明日もがんばろう」と思えました。 伝道の始めはこのようでしたが、一生懸命英語を勉強して、その後はたくさんの国籍の人々と福音の喜びを味わいました。中にはアルファベットの読めない(でも英語を話す事はできる)アフリカ人の方がいました。福音を教えるのもとてもゆっくりしたペースでした。その人はふつうの文章はほとんど読むことはできないのに、なぜか『モルモン書』だと少し読むことができました。モルモン書は古い英語で書かれていてふつうの文章よりも難しいはずなのに、不思議でした。一緒に座って少しずつモルモン書を読むことで、彼もモルモン書を読む喜びと楽しさを感じていましたし、彼が理解していることがわかり、私たちもとても嬉しくなりました。モルモン書だけは読んで理解できたことに、不思議な力を感じました。神様が彼の心に伝えていたのかなと思います。人の力ではどうしようもない何かが働いていた気がします。

聖霊はあなたをどのように助けてこられましたか。

自分が本当に不十分でふさわしくないと思って落ちこんでしまうということはやっぱりあります。でもどんな時の私に対しても決して諦めないでいてくれて、愛してくれるのがイエス様です。イエス様の贖いの力は私が思うよりももっと力強く、私がする必要があるのは自分のパートを一生懸命やることだけです。あとはイエス様が引き上げてくれるという信頼があります。 私は伝道中に祖母を亡くしました。祖母は別の宗教をとても熱心に信仰していて、キリスト教が大嫌いでした。姑として私の母に辛く当たっていたことも知っていました。でも、やっぱり憎めない私の祖母でした。祖母の方も私には特別な信頼を感じてくれていて、私が一年半の伝道のため日本を発つときにも、高齢ではありましたが「伝道から帰るのを待ってるからね」と言って私を送り出してくれました。しかしもう少しで伝道の期間を終えて帰るというときに、祖母は亡くなりました。とてもとても、ショックでした。どうしてあとたった数週間待ってくれなかったのかと思いました。でも、実は他界する1年以上前から、祖母は寝たきりになっていたのでした。別の宗教に熱心だったで、頑固で厳しいあの祖母が寝たきりになり、息子の嫁の助けに頼り、賛美歌を歌い、一緒にお祈りをして、アーメンと言うと聞いた時には「あのおばあちゃんが?!」ととても驚きました。「幼な子のように」なるという主の言葉がそのときまさに祖母に起こっていたとわかりました。そしてやっと福音を受け入れる準備ができたから天に召されたのだと感じました。そのことは慰めをもたらしてくれました。 イエス様の贖いというのは、私たちが考えや常識を超えた方法で働いていきます。本当に「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(『旧約聖書』伝道の書3章11節)と感じました。

わたしの信仰生活について

「感謝すること」「従順でいること」「隣人を愛すること」は私の生涯の目標です。私一人で難しいときもありますが、主人がよく助けてくれます。主人は一緒にいたり話したりするとお互いに高め合える人です。主人といると、自分ももっといい人になりたい、もっと神様に近づきたいと思えます。付き合い始めた当時は福音については私が彼に教えてあげていると思っていましたが、彼がただただ純粋に神様と福音が好きなんだとわかったときに、その純粋さ、神様のことを求める謙遜さを持った彼に、信仰面で付いて行きたいと思うようになりました。 神様が私にくださったもので、お返しできるものはほんのわずかしかないけれど、私は「時間と心」を惜しみなく捧げようと思っています。生涯、神様に忠実であろうと決意しています。頑張ることに疲れてしまいそうになるときは、生活の中に隠れている小さな感謝するべきことに心を向けると、元気がでます。