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伊久子: カラオケ, 料理, モルモン, 宗教, 英会話, モルモン.

こんにちは,わたしは伊久子です。

わたしについて

娘が2人います。週末は2人の孫が家に来ます。日曜日の教会には孫たちと一緒に行けるように頑張っています。 趣味はカラオケです。英語の曲が好きで、特にマイケル・ジャクソンはよく歌います。時間があるときは毎週のように行きます。

わたしはなぜモルモンなのですか

教会に行ったきっかけは、この教会の宣教師が教えていた無料英会話です。いとこがチラシをくれ、私一人で行きました。当時はレベルの高い人ばかりで私はただ聴いているばかりでしたが、英会話は面白く、そこにいる人たちは優しく良い雰囲気で、遊びに行っている感覚でした。普段あまり接することのないアメリカ人と間近で接しながら英語で話せるのでとても良い時間でした。 私は青森で改宗しました。その当時青森にあった教会は18ヶ月間新しい改宗者がなく、さらに6ヶ月間改宗者が現れなければ閉鎖されるところでした。私が宣教師から福音を教えてもらうようになったのは、2月初旬で高校入試直前のことでした。レッスン中に第一志望校を失敗して一時は落ち込みましたが、それでも親の反対を押し切ってレッスンを続けました。 宣教師は私の年齢が若かったので改宗はゆっくりでも良いと考えて、教会に入るようにとはあえて勧めなかったそうです。と ころが、私は早く教会に入りたいと繰り返し宣教師に伝え、さらに親の承諾書も用意しました。そして「ジョセフ・スミスは何歳で神様に 会ったのか知っていますか?」と宣教師に言って説得し、ついにバプテスマを受けて教会に入ることができました。第二志望校に合格した4月上旬のことでした。 私がレッスンを受け始めた当初、青森の教会の集会に来ていた人は宣教師4人を含めた9人でした。その年の7月上旬までに新たに6人が教会に入りました。そして、教会に来ていなかった多くの教会員が戻り、教会員でない人も多く参加するようになり、日曜日の集会には50人以上の出席がありました。青森の教会は閉鎖を免れました。私も多くの友達を教会に紹介し、その奇跡の一助となれたことを感謝しています。

わたしの信仰生活について

15歳で教会に入りずっと教会に集っていましたが、結婚して主人に教会に行くのを反対され、22歳から何十年も教会に行っていませんでした。 そんなある日街で宣教師に声をかけられ、少し話をしました。すぐにまた教会に戻ろうという気持ちはなかったのですが、宣教師と会ったことが頭から離れず、東日本大震災があったこともあり、福音に従っていない自分はもう一度地震でもあって死んでしまったら死後は良いところに行けないと思い、とても怖くなりました。悔い改めて教会に戻りたいと思いました。 もしも主人が私よりも先にいなくなったら教会に戻ろうとも思いましたがそれでは遅すぎると思い、主人に内緒で教会に行き始めました。私は最初からやり直そうと思い、もう一度宣教師から福音を教わっていました。ところがある日その宣教師に「もしも教会に戻りたいのであれば、今日の夜必ずご主人の許可をもらってください」と言われました。まだ教会に行って2回目のことでした。私はもう少し自分を立て直して心の準備ができてから主人に言いますと言いましたが、「今日じゃないとだめです。今日の夜必ず電話で連絡をするので話してください。」と、宣教師は頑として譲りませんでした。私の口から主人にそんなこと言えるはずがない、どう言い訳してできなかったと伝えればいいんだろう、と考えながら家に帰りました。 家に帰ると主人がいました。どうしよう、私はそう思ったのですが、なんと体が勝手に主人のところに動きます。そして私はこう言っていました。「実は今日教会に行ってきたので、これからもまた教会に行きたい。」「なんで今になって?」「信仰を捨てることはできない。家族を守るために教会に行かなければならない。」自分の意思とは関係なく言葉が出てきました。そしてそれを聞いた主人は「わかったよ、行っていいよ」と言ってくました。 こうして私は教会に戻ることができました。宣教師のあの言葉がなかったら私はずるずると、その後も主人には内緒で教会に行っていたかもしれません。主人に話をした時には、神様の力を感じました。こんな私を助けてくれたと感動し、とても嬉しくなりました。2011年6月のことでした。