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シワッチこと志和大三(しわたいぞう): 志和ッチ, タクシー運転手, 神道と仏教文化, 建築宣教師, 伝道, 盛岡, モルモン.

こんにちは,わたしはシワッチこと志和大三(しわたいぞう)です。

わたしについて

私は信心深い母の信仰心から神はいらっしゃるのではと思っていました。大学を留年していた頃人生について悩み27歳の時に英会話を通してこの教会を知りました。ちょうど改宗した年の元朝詣りは神に御縁があった方がいいと思いあちこちの神社に五円をあげて周りました。入信するつもりはありませんでしたが宣教師が熱心に訪問して下さりまた、初めは戒めも守れませんでしたが、ある時がきっかけで神が確かに生きていることとイエス・キリストが確かに救い主であることと自分に証人としての使命がある気がして伝道に行きたいと思うようになり、当時建築宣教師として奉仕すると伝道資金が免除になるという特権がありましたので、建築宣教師として岡山と熊本で奉仕し、その後福岡伝道部で専任宣教師として奉仕しました。伝道から帰った後は少し試練を受けましたが、教会には活発に集い続けています。現在介護を含むタクシー運転手です。弱い人や年寄りのお話や苦しんでいる人の話に耳を傾けてあげることが好きです。タクシーは基本的には宗教の話をしてはならないことになっていますが、私は何かにつけタイミングを見て教会の話を出します。また、いたわりの気持ちで接してあげたりするとお客さんは気分を良くして、中にはお釣りはいいですとかいう人も居たりして(当然それを目的にはしてません)月に何千円かチップという恵みの報酬にあずかったりもします。また、お客さんを見つけるためによく祈ったりまた偶然にしては出来過ぎているという導きと助けがあります。また、教会に様々な形で献金したりしているせいか神は結構長距離のお客さんもしょっちゅう与えて下さったりします。最初の出だしが短い距離が続いてもくよくよせず目先に囚われず忍耐しているといつしか長距離や近いと思っても続けてお客さんを見つけさせて下さったりとかあって神がいつも私の生活を養って下さっていると感じています。いつも感謝の気持ちで過ごせております。この仕事を始めた頃、よくお宅ついてるねと言われましたが、「そう、自分には神がついている」とよく言いました。確かに主はいつも私を見守り助けて下さっていると確信できます。妻は十数年前病死しました。子供は二人いまして上が娘で、下が息子です。それぞれ結婚し子供が一人ずついます。つまり孫が二人います。今現在は独身の男寡で少し寂しく張いり合いの無い生活していますが、宣教師を助けたり、教会に行って奉仕することが好きです。趣味は聖典を読んだり、スポーツ(柔道、卓球、水泳[たまにプールへ泳ぎに行きます]ボーリング、スケート、ダンスetc)をすること。音楽(カラオケ、歌を作ることと歌うことです)パソコンCadを使ってモルモンメッセージを作ること[例えば「救いの計画パズル」とか]最近の生き甲斐は、宣教師が結婚通知を支部へ送ってきたら、四ツ葉のクローバをあしらい真ん中にハートをアレンジして新郎新婦の名前を入れて、自分の作った祝婚歌も含めたCDをプレゼントすることです。また、将来の夢として自分も再婚して夫婦伝道に行くことです。またキリストの証人として会員宣教師として、また自分の作った歌などを使って伝道できたらなと願っています。

わたしはなぜモルモンなのですか

私は教会に入る前も神様はいるのではないかと信じていましたが、やや罰を与える怖い方を想像していました。しかし、この教会を知ってからは神は生きていらっしゃる事をより確かに実感しています。しかも慈愛に満ちた憐み深いお方でありいつも私たちの身近にいて私たち神の霊の息子娘である全人類を愛していらっしゃることを知っています。そのお方はほかでもないイエス・キリストのお父さんであることが解りました。またイエス・キリストというお方はキリスト教という一宗教を説いた単なる聖人ではなくアダムとエバを通してこの世に存在する全人類を罪から贖い、また全ての人を復活させるために真の生ける神から遣わされた創世の前から備えられた救い主であることを心から証します。人はこのお方を通さないと神の許に戻ることはできないことを知っています。ですからこの世に住んでいる幸せな家族もこの教会の教えに従ってつまり主の道に従って生活するならば、この世だけではなく次の世に行っても永遠の家族としての特権を神から与えられることを知っています。一人でも多くの方がそのことに自ら気付かれますよう願っています。末の日にジョセフ・スミスに現れて真の神の御子イエス・キリストの教会を組織するようにといわれて作られたこの教会が確かにイエス・キリストが再び世に来ると言われているこの末日に回復されたこの地上に於ける真の唯一の神の王国であることを証します。ですから私はその教会の一員としてこれからもこの地上で生活し、主の道を生涯の終わりまで神に遣えて歩んで行きたいと願っています。この末日聖徒イエス・キリスト教会が俗にいうモルモンと呼ばれているので自分もその教会の一員つまりモルモンなのです。それは主の戒めと教えを守って主の再臨を待ち望んでいる民であるということも意味していると信じています。

わたしの信仰生活について

現在は盛岡支部の伝道主任と支部会長会の第一顧問という奉仕の召しを与えられています。以前は(自慢するつもりは全くないですけど)神が私に賜った才能を神の業にお役に立てるようにと盛岡地方部の書記も兼任して働いていたことがありますが、そういう機会にも不平を言わず、神がそのようにして自分を遣って下さることに感謝していました。新約聖書に「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべては添えて与えられるであろう。」(マタイ6:33)とあるので、家庭とか教会とか仕事での選びはよく祈りの気持ちで何が神の御心なのかをよく考え最終的には神が遣わす良心に従うようにしています。特に仕事はタクシーなので教会に行ってることを話して日曜日を休ませていただくようにしましたが、いつの間にかシフトに組み入れられたので、日曜日は休みじゃない日も出て来ましたが、最初の約束と違うことを話し、安息日の大切さを知っているので、日曜日休みは三週間に一回しか回ってこないのでそのほかの週は前日の土曜日と日曜日を交換したり日曜日と後ろの月曜日と交換したりしてなるべく毎週日曜日は主の安息の日ということで、この世的な行事や活動はなるべく避けて教会に集うようにしています。家庭は今のところ一人なので特に選びについては問題ありませんがでも一人でいるのは良くないなと感じています。あとは周りの人とも快く接するようにしています。慈愛の心、特に親切、労り、お思いやりの心で接し、人からの嫌味や中傷なども謙虚に心の耳を傾け、時には神の懲らしいめを受け入れ救い主の許へ行き悔い改めの決意や反省する時もありますが、あまり建設的じゃない意見にはにこやかに受け流すようにしてあまり、気にしないようにしています。何事にも目標を持ち、そして楽観的に前向きな姿勢で臨む様にし、失敗などにもくよくよしないようにして、なるべく大らかに心にストレスを溜めないようにしていますが、完全ではないので、少々自分の欠点などで悩む時もあります。また、誰か助けの必要な人のために祈ったり考えたり人を思いやったり関心を示すようにしています。そのように過ごす時に心は神の慈愛で満たされ、己の欲とか利己心が弱められまた、平安で満たされます。