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のぶゆき: 40代, 歯科医師, 旅行, 経営者, 家族, 岸岡, モルモン.

こんにちは,わたしはのぶゆきです。

わたしについて

家内と娘(10)と息子(7)の4人家族です。大阪で生まれて大学は国立大学の歯学部に在籍していました。途中5年生でモルモンの宣教師として東京、神奈川、静岡で伝道していました。大学を卒業後は関西や関東で歯科医師として15年ほど働き、今は大阪の実家の不動産会社の経営をしています。趣味は旅行です。特に家族と国内外に旅行に行きます。あとゴルフを始めたところです。子供のキャッチボールの相手をするのも楽しい一時です。近い将来に海外(アジア・オセアニア)で事業を考えているので英語を学んでいます。(英検は準1級、TOEICは勉強中です。)

わたしはなぜモルモンなのですか

モルモンの教えは最終的に家族が永遠に結び固められて天の御父のもとに愛と平安の中で住めるように導いてくれるものです。もしそのような希望、望があれば信仰する理由は容易にみつけられるはずです。わたしは両親も、兄弟も、妻子もそして先祖も愛しています。彼らと永遠にいることができればどんなにすばらしいことでしょう。またたとえこの地上で別れても必ず再会できるという教えはどんなに勇気と希望を与えてくれることでしょう。わたしは元々現実主義者でした。いまでもそうかも知れません。しかし、長年信仰(完全に知ることではありません。)をもって聖書などの聖典を読み祈り教えを実践するなら、知識としてではなくスピリットと言いますか第6感のような感覚としてわかってくるんです。そして子育て、夫婦関係に於いても実際に役に立つんです。将来の希望と同時に今の生活にも大変役にたちます。子供の教育や成長にもおおいに役にたっています。子供たちは教会に行ってとても優しい子に育ってくれています。子供たちは家族が大好きと言ってくれています。これもイエスキリストの教えのおかげです。わたしは過去何千年にわたって何十億人の人々から支持されているイエスキリストの教えはどういうものだろうというところから始まりました。特に家族を強めたい方にはイエスキリストの教えを探求して欲しいと思います。モルモンの教会では人間の教えに聖書の教えを織り交ぜたものではなく、純粋にイエスキリストの教えを真実をもって的確に教えてくれることでしょう。

個人の体験談

ジョセフ・スミスについてあなたの気持と証を述べてください。

ジョセフ・スミスはイエスキリストに関して世の中で論争になっていることを全て的確に教えてくれました。天の父であられる神様とイエスキリストが生きておられて実在しておられていることも示してくれました。かれは自分の命が狙われていても決して否定せず、反モルモンの暴徒により殉職しました。命に代えて証する。それは真実を物語っているのだと感じます。多くの世の中で流行っている教えは世俗的な要素が混じっているものですが、モルモンの教会では一切世俗と妥協せず、イエスキリストの教えに忠実なのです。それはジョセフ・スミスが真実の教えを回復してから今に至るまで続いています。家族が死後も永遠に結び固められて天の父とともに暮らせるということを示してくれたのもジョセフ・スミスです。かれの偉業に感謝しています。

聖霊はあなたをどのように助けてこられましたか。

教会のもっとも核心的な部分です。日々聖典やテキストを読み、祈ったりするのも自分のこの世の生活において必要なアドバイスを聖霊の導きによって受けるためなのです。新たな目標を決めたり、進路を決定したり、現在の学業・事業について導きを得たり、結婚相手を決めるとき、ビジネスパートナーを決めるとき等々あらゆるときに助けをもらえます。人の考えで行動すれば一時的に良くても長い目でみれば為になっていません。しかし全知全能の神様からの導きを聖霊を通して受けられるならばどんなに勇気と希望と確信が持てることでしょう。わたしは家族を導くときや仕事、健康安全などについて日々思いめぐらせ、その思いが正しいか確認したいときに聖霊の導きを祈りによって求めています。言葉ではなく頭と心全体に感じ取れますし、良いアイデアが浮かんできます。そのようにして日常困難や試練にあっても乗り越えてきています。

イエス・キリストを信じる信仰によってどのような祝福を得ていますか。

よく「神様を目の前に見たら、奇跡を見れたら信じれます。」と思う人がいます。実は神様は私たちに逆のことを望んでおられるのです。神様はまず私たちが神様の導きを求めようとする心を求めておられます。聖書に「求めよ。さらば与えられん。」という言葉が端的に示されているように神様の御子イエスキリストの教えに耳を傾けてまず疑わないで実践することです。信仰(信じる度合い)にも個々人で程度が異なります。クリスチャンになったあとも常に信仰のレベルを強めるような経験を多々しますし、強めていかなければなりません。信仰を強める努力を怠れば神様から遠ざかり、この世の人生で迷い道に入ってしまうのです。たいていはこの世の試練や困難を信仰によって乗り越えて行くたびに強められます。神様はすぐに手を差し伸べるのではなく、私たちに信仰を示すことを求められます。神様を信頼し、神様が愛してくださっておられることを確信し、耐え忍び努力するならば聖霊を通して智恵と導きを与えてくださり、困難は解決の方向に向かっていくのです。例え愛する人とこの世の別れを経験しなくてはならないとしても、来世で再会する道を備えてくださってます。神様は私たちの人知を超えたところで御心を働かせてくださっているので私は落胆しません。私は神様、イエス様から愛されていて家族共々必ず守っていただけると証があるからです。ただし1つだけ条件があります。それはイエスキリストの教えを守った生活をすることです。人に優しく、親切にし、健康を保ち、祈り、教えを学び続けることなどです。まず実践されることをお勧めします。疑わずに信じて実践すれば神様、イエスキリスト様がみなさんを愛しておられ常に関心を寄せて下さってて守られているということが感じられるということを証します。どんな状況に今あろうとも日々希望をもって、平安をもって生活できることが一番の祝福です。

わたしの信仰生活について

まずは家族に対して模範であるように努めています。もちろん欠点だらけですから、あとで失敗したなと思うところがありますが、反省して改善に努めています。また教会で配布されるテキストや子供の教育書などを参考に接し方を学んでいます。男の子には厳し目に、女の子には優し目にしています。男の子には荒波の世の中を乗り越えられる精神力を特につけさせたいと考えているからです。毎日「愛しているよ。」と言って抱きしめてあげることにしています。子供たちはたとえ叱られても「愛されている」ことを解ってくれていて、抱きしめると安心します。また日々親子の会話から日々の出来事や楽しいこと、辛かったことを分かち合い、アドバイスしています。家族の模範になろうとする時に信仰に沿って生活したいという動機付けになっています。