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ウィットル・アンドリュー: 国際バカロレア, ハーフ, がん, 東北, 津波, 宣教師, モルモン.

こんにちは,わたしはウィットル・アンドリューです。

わたしについて

わたしの家族は4人です。母は韓国人でこの教会への改宗者です。父はアメリカ人で東京で伝道していました。2歳上の兄が一人います。 わたしはシカゴで生まれ、3歳のときに東京の世田谷区に引っ越しました。父が以前日本で伝道したので日本語を話せたからです。6年くらい東京で生活してシカゴに戻りました。日本に住んでいた間に日本の文化が大好きになりました。 そして高校2年生のときカリフォルニア州サンフランシスコに引っ越しました。そのときテニスやロッククライミングが好きになりました。そこでIB(international baccalaureate, 国際バカロレア)を卒業して、BYUプロボに入学しました。BYUでは映画を撮ること(Film)とビジネスを一年間勉強して、伝道に出ました。 今東北で伝道しています。

わたしはなぜモルモンなのですか

わたしの母はこの教会への改宗者でしたし、父もずっとこの教会に集っていたので福音について両親からよく学ばせてもらいました。本当に伝道に出ようと決心したのは8歳の頃です。私の母が深刻な、死ぬかもしれない癌になりました。わたしはとても悩み、彼女に癒しの祝福をしてくれるようホームティーチャーに頼まみした。ホームティーチャーは祝福をしてくれました。そしてそのときに、母が孫たち(つまり私の子供たち)を見るまで生きると約束してくれました。治療の副作用は強くひどかったのですが、それらを乗り越えて孫を見ると約束してくれたのです。素晴らしい約束でした。 そのとき初めて聖霊を感じました。そのとき、その良い指導者のようにいつか自分も他の人々に仕えたいと思いました。 大学に入学したときに初めてメルキゼデク神権を受け、わたしもホームティーチャーになりました。ある日急にわたしのホームティーチング先の女性から電話が来て、祝福してほしいと頼まれました。わたしはとても緊張しました。まだ祝福したことなかったからです。何を言うべきか全然分かりませんでした。心の中で祈りながら彼女の家に行き、祝福をするために彼女の上に頭の上に手を置きました。するとわたしの口から意外な言葉が出てき来ました。彼女の心配事などの状況をよくわかっていなかったのに、彼女について具体的な言葉が出て来たのです。祝福が終わったときには二人とも涙を流していました。「何も言わなかったのに、私のことがどうしてそんなに詳しくわかったの?」と彼女は聞きました。わたしには神様の御手に自分が使われていたことがわかりました。そのとき、かつてのホームティーチャーがわたしの母に祝福した8歳の頃のことを思い出しました。彼の母への祝福は素晴らしく、約束は大胆でした。あの女性への私の祝福は私の言葉ではありませんでした。神様は彼女のことを完全にご存じで彼女を愛しておられたので、私を通して彼女を助けてくださいました。神様の御手として使われることは本当に一番の喜びです。その喜びをもっと感じたいと思いました。 それからわたしの宗教的な確信はどんどん強められ、伝道に出ようと固く決心しました。それはいろいろな指導者のおかげですが、特にこの2つの経験によってそう思ったのです。宣教師になればたくさんの人を助けられると思いました。 津波に影響された人に仕えたかったので、日本に、特に東北に行くことを望んでいました。本当に東北に来ることができ、感謝しています。 今宣教師としてやっとそのような指導者になれたと思います。伝道中、人を助ける機会、癒しの祝福をする機会に恵まれて、そのようになったと確信しています。これからもより良くなりたいですが、本当に伝道に出て良かったと思います。 『モルモン書』アルマ書17章11節には次のように書かれています。 主はまた彼らに、「あなたがたの同胞であるレーマン人の中へ行き、わたしの言葉を確立しなさい。しかし、あなたがたはわたしにあって彼らに良い模範を示せるように、長い苦しみと苦難の中で忍耐強くありなさい。そうすれば、わたしはあなたがたをわたしの手に使われる者として多くの人を救おう」と言われた。 神様の御手となって使われる喜び得たいという8歳の頃と大学生の頃の願いが、宣教師になることで叶いました。

わたしの信仰生活について

頼りにされるような人になりたいと思っています。ほかの人がどんな問題でも話してくれるような誠実で純粋な人になりたいです。だから人々にに誠実に接し、愛を示して行動します。それが今のわたしが一番優先してることです。