mormon.org 世界各地
教会の人たち
わたしたちの価値観
わたしたちの信条
教会を訪問する
.

こんにちは,わたしはKirk Taylorです。

  • Kirk Taylor
  • Kirk Taylor
  • Kirk Taylor
  • Kirk Taylor
  • Kirk Taylor
  • Kirk Taylor
  • Kirk Taylor
  • Kirk Taylor

わたしについて

多くの子供たちがそうであるように,わたしも少年の頃は,ロックスターになる夢を持っていました。今でもその夢はありますが,今の時点で,恐らくそれは実現することはないでしょう。しかし,音楽に大きな喜びを感じていることは確かです。わたしはピアノを教えていますが,高校のときからプロとして演奏してきました。妻とわたしは芸能関係のスタジオを経営していて,毎日才能豊かなミュージシャンに囲まれています。若者が音楽の道を究めるとき,一助となれることに胸が躍ります。結婚当初はその夢が頓挫して,わたしは音楽の道を離れ,株式仲買人として働きました。5年間悶々としながら働いた末,自分を生かす場所と幸福は,音楽の中にあることにようやく気づいたのです。 株式仲買人として5年間机に釘付けになっていたために,とても太ってしまいました。自分の素直な気持ちに従うことに決めて,ついにその仕事を辞めたとき,健康的な生活スタイルに変える必要があると分かりました。くじけずに減量することを,主に固く約束しました。週に3日走ることから始めました。1年後には,ハーフマラソンを完走することができるようになりました。その年の後半に,マラソンとトライアスロンにも幾つか挑戦しました。それ以来,鉄人レースを8回完走しています。 しかし,わたしの人生で最も大切なのは家族です。子供たちと一緒に読書,ビデオゲーム,レゴ,ハイキングをしたり,自転車に乗ったりするのが大好きです。一緒に朝食を取るだけでも喜びを感じます。すばらしい妻と子供たちに恵まれて,わたしはとても幸運です。愛と信仰を通じて,家族がともに受ける日常の祝福にとても感謝しています。

わたしはなぜモルモンなのですか

両親は,若い頃に結婚して教会に入りました。わたしは信仰のある家族に生まれ,定期的に教会に通って育ちました。8歳のときにバプテスマを受けて,教会の正式な会員となりました。その時点で,神がわたしに望んでおられることをしているというしっかりとした信仰がありました。青少年の頃に奇跡的な経験をしました。ですから,ジョセフ・スミスが間違いなく預言者であること,そして真理を知る機会にあずかって自分は幸運だと確信していました。でも若かったので,当然ながら福音に対する「証」はまだ新しく小さなものでした。 高校に入った頃から,家族はそれまでのように教会に活発に集わなくなってしまいました。人生で何かが欠けてしまったような気がしました。そして,幼い頃に感じていた幸福感がうせてしまったことを痛感していました。そんなところへ教会の友達数人が,セミナリー(すべての高校年齢の教会員を対象とした早朝聖文研究クラス)に通うよう勧めてくれました。彼らが心底幸福であることに気づかないではいられませんでした。そして,わたしもそうなりたいと切に願いました。「これまで教えられてきたことを実践してみるべきかもしれない。毎日もっと頻繁に祈って,聖文を読み,救い主の模範に従うようさらに心がけよう」と思いました。しばらくすると,生活にとても明らかな変化が起き始めました。平安を感じたのです。本当の喜びと幸福を感じました。自分の祈りは聞き届けられるのだということが分かりました。それが真実だと気付いたのです。その頃の出来事や経験が人生の転機となりました。そのうちに「神がわたしの祈りを聞き届けてくださるなら,だれにでも同じようにしてくださるはずだ」と思えるようになりました。このすばらしい真理をあらゆる人と分かち合いたくなり,それがいちばんの望みとなりました。 それから2,3年ほどして,教会の専任宣教師として奉仕することができました。このときほど幸福だったことはありません。毎日ほこりだらけの道を歩きつつ,福音を分かち合い,ほかの人が自分で真理を見いだす光景を目にする喜びは,何にも代えがたいすばらしい経験でした。わたしがモルモンでいられるのは,霊的な経験と日常生活を通して,この教えが真理であることを100%信じているからです。

わたしの信仰生活について

わたしたちの家族にとって,信仰の実践はまさしく家族から始まります。わたしたちは,毎日家族でモルモン書を読んでいます。2009年1月1日から始めて,まだ一日も欠かしたことはありません。時には,夜遅い野球の試合の帰りの車中で読まなければならないこともありますが,スマートフォンの電子版聖典の有り難みをひしひしと感じています。毎日家族で祈るときには,ひざまづき,子供たちが一人ずつ祈ってから,親の一方が代表して「家族の祈り」をします。毎週日曜日には教会へ通っています。家族の中に,教会に3時間いることに違和感を持つ者は誰一人いません。なぜなら日曜日は主の日であり,教会で交わったり,学んだりすること以上に「安息日を清く保つ」良い方法はないと思うからです。 毎月断食もします。これは,少なくとも2食分の飲食を絶つことです。わたしたちは24時間行うようにしていますが,これには努力が必要です。そのほか,助けを必要とする人々のために,教会に「断食献金」を寄付しています。また収入の10パーセントを教会に納めて,神殿や礼拝堂の建築を支援しています。教会に関連した活動がない週というのはまれです。息子たちは教会のグループを通じてカブスカウトに参加しています。そして妻は少なくとも月に一度,教会の女性たちと一緒に気持ちを高めるような活動に参加しています。 教会がすばらしい理由の一つは,誰もが「召し」と呼ばれる割当てをもらうことです。これによってわたしたちは,奉仕と献身をおこないます。召しに報酬が支払われることはありません。これらの召しは地元のビショップを通じて,会員一人一人に与えられます。わたしはこれまで8年間,セミナリー教師として奉仕の祝福を受けてきました。セミナリーは,高校の年齢に該当するすべての会員のための聖文学習プログラムです。クラスの生徒たちは,毎日学校に行く前に1時間集まります。毎日,聖文を普段よりも少し深く掘り下げて考え,自分の信仰を青少年と分かち合わずにはいられない気持ちになったものです。ですから,セミナリーで教えるのが大好きでした。青少年の信仰がしっかりと根を張り,成長していくのを目にするのは,すばらしい経験であり,謙遜な気持ちになります。信仰の実践とは,毎日最善を尽くして正しいことを行うことです。