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生活の中で祈りがどのような役割を果たしているかを説明してください。

  • わたしは、 祈りは自分と神様がお話しする機会だと思っています。 人がコミュニケーションをとることでその人のことを知り、相手との関係が深まるのと同じように、神様とも祈りを通してコミュニケーションをとることによって、それだけ神様との関係を深めることができると信じています。 神様に自分の気持ちや思いを話すことによって、その時の自分に必要な助けが与えられます。 ある時は慰めを感じ、ある時は願いを聞いていただけたと確信でき、ある時は何の音沙汰もないように感じることもあるかもしれません。 そのタイミングは様々で、方法も色々ですが、神様は必ず私たちの祈りを聞いています。 祈ることによって、いつもそばに神様を感じ、勇気を持つことができます。 表示件数を増やす

  • 祈りはわたしたちの生活の中で大きな役割を果たしています。家族は毎日一緒に祈ります。これは家族が主の前で一つになるすばらしい機会となります。祈りの中で心にある思いや心配事を話すとき,家族がいっそう親しくなり,それぞれがどのような状況にあっても,わたしたちを愛し,気遣っておられる天の御父がおられるというすばらしい祝福を得ていることへの信仰を新たにすることができます。祈りは生活の中でほんとうに大切なことを思い起こさせ,霊的な高まりを経験させてくれます。さらに,わたしたちが気遣っている人々のために天からの祝福の窓を開くことができます。わたしは一日中,祈りの気持ちを持つようにしています。それはわたしがいっそう良い人になり,祝福を受けやすい位置にわたしを置いてくれます。わたしがどこにいるかまた周囲で何が起きているかにかかわらず,いつも天の御父に祈ることができるのを知っていることは慰めとなります。確かに,わたしは独りではありません。 表示件数を増やす

  • お祈りは神様とお話しする手段です。神様とお話しすることができ,助けや慰め,愛をいただけるのは本当にすばらしいことです。わたしが宣教師として働いていた時,一人のわたしの同僚とわたしは毎晩一緒に祈っていました。彼女は神様にたくさんの感謝することを祈りのなかで言っていました。それを聞いていていつもわたしの心は平和な気持ちになることができました。わたしもいつも感謝していることを祈ることにしました。感謝していることについて祈るとき,神様がわたしやすべての人を愛してくださっていることを感じることができます。 表示件数を増やす

  • 宣教師と出会ってお話を聞くようになってから、自分で場所を決めてお祈りするようになりました。そこは教会の中にある一坪くらいの小さな部屋でした。そこでお祈りするのはとても救われる時間でした。その部屋に行くと神様が待っていて、「よく来たねー頑張ったねー」と後ろからハグしてくれる思いがしました。お祈りの中で前日の出来事やつらかったことを話すと、神様は水取り紙のようにすべてを吸い取ってくださいました。早くお祈りをしたくて、仕事が終わるとその部屋に駆け込んでいました。お祈りが終わると涙を流しながら晴れ晴れとした気持ちで家に帰りました。とても救われました。 表示件数を増やす

  • 祈るときに,わたしは天の御父を身近に感じ,日々導かれていると感じます。わたしが学んだことが一つあるとすれば,それは,神がわたしたちを知り,愛し,わたしたちを助けようと待ち望んでおられる,ということです。祈るとき,わたしは数々の問題や葛藤を神の前に持って行く自分の姿をよく思い描きます。心の中で,わたしは文字どおり,すべてを神の足元に置き,へりくだって神に助けを求めます。神がわたしをお見捨てになることは決してありません。祈っても,すぐには答えられないこともあります。しかし,最終的には,信仰を行使することによって,穏やかな促し,御霊のささやきを感じ,求めている答えを受けるのです。祈りはわたしにとって命綱のようなものです。それはわたしの信仰にとって絶対になくてはならないものの一つです。わたしたちが尋ねれば,神は答えてくださいます。そのことに何の疑いもありません。それは途方もない祝福であり,わたしたち一人一人に対する神の約束です。 表示件数を増やす

  • 祈りは,天の御父と話す方法です。わたしが必要を感じて御父と話すとき,御父はそれを聞いて導いてくださいます。与えてくださった全てのものについて,わたしは祈りを通して御父に感謝をささげます。 表示件数を増やす

  • 祈りは生活の中で不可欠です。 教会員ではなくても、困ったことがあった時に誰かに助けをもとめ、願って祈ることがあります。 私たちは神様に願い求めます。祈りという方法を通して。 神様に報告します。願い求めるほかに感謝もします。 いつも私たちを愛し、見守ってくれてることに感謝します。 今、生きていることに感謝します。 表示件数を増やす

  • 決断しなければならないことが日々多くある中で、自分の頭だけで考えて行動してしまうことがあります。そうすると、失敗もあります。でも何事でも神様に「私はこう決めました、これでいいでしょうか」とお伺いして動くと、何かが違います。祈りの答えを感じないこともありますが、「神様に祈った」ことが力になります。神様はすべてをご存じで、私たちを見守って下さっています。実は私たちが失敗することも前もってご存じかもしれませんが、でもすぐに神様に心を向けるということが平安につながります。 自分だけで決めて動いてしまわず、立ち止まって神様に頼ることが必要だと最近よく感じます。そうすると、自分の中から出てきたのではない、もっと別の、でも確かな思いが心に入って来ることもあります。それが神様の導きなのだと思います。 以前本当に大変な、事件と言ってもいいようなことが私の人生に起こりました。とても焦り自分ではどう判断すればいいかわからなくなってしまったので、ある知人に電話で相談することにしました。しかし驚いたことに、その人に電話をかけたつもりが、別の人にかけてしまっていました。その瞬間、「この人は違う!」と感じました。最初に電話をかけようとした人に相談してはならないと感じたのです。そこで誰に相談すればいいのか、震えながら自分の言葉で本当によく祈りました。そのとき、ある人が心に浮かびました。そして、その人に相談したときに、間違いなく事が収まりました。後でわかったことですが、最初に相談しようとした人は、問題を起こした当人でした。その人に相談していたら大変なことになっていたと思います。 祈りは物事を判断するとき助けになります。神様に頼れることは本当に祝福です。 表示件数を増やす

  • 祈りは生活の中で最も大切なものを思い起こす助けとなります。夜ひざまずいて祈るとき,祈りたいと思う単純な事柄を幾つか思い浮かべます。でも,最も大切なことから始めます。つまり家族が健康で守られ,全員が無事に床に着くことに感謝します。祈りたいと思っていた事柄に移るころになると,さきほど祈ったことが最も大切なことであって,ほかのものは何も必要ないということを思い起こします。 表示件数を増やす

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