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モルモンはなぜ伝道に行くのですか。

  • わたしは人の喜ぶ事をして笑顔や喜ぶ顔、嬉しい表情を見るのが大好きです。 特に子供たちが喜ぶ瞬間と笑顔はたまらないです。 その理由から人を助けること、ボランティアは機会があれば参加していました。また、この福音は人々の生活を質的向上にするもので神様からのプレゼントです。自分だけ知ってるよりかはもっと人に伝えるべきで…伝えたい‼︎ そして私は東京南伝道部(と言う 東京23区外、神奈川、山梨、武州・圏央地方)で2年間宣教師として召されこの奉仕にあずかっています。 宣教師として働くことはとても楽しいです。多くの人と出会うと同時に社会に出た時に必要なマネージメントや良い対人関係を築くことなどを身につける成長のチャンスです。 表示件数を増やす

  • わたしにとって音楽が大好きです。例えば新しいバンドを聞けば友達とそのCDをシェアします。その同じように教会のこともう大好きので伝道によってこれらのすばらしいことを分かち合います。 表示件数を増やす

  • みなそれぞれ違った理由で伝道に出ます。 わたしの場合は,神様がわたしを悪い状況から抜け出すのを助けてくださったので,神様に感謝を示したかったからです。 もし伝道に出れば,神様はわたしを通して誰かを助けてくださるだろうと思いました。 キリストの教えはわたしを幸せにしてくれるものでした。 ほかの人々にもこの幸せを感じていただきたいです。 これがわたしが伝道に出ることを選んだ理由です。 表示件数を増やす

  • 知っていることは本当に素晴らしいので、皆さんが学んで欲しいのです。私はこの最高なメッセージを伝えに日本に来ましたが、日本に来る前にこの教会の教えはどのほどすごいか全く分かりませんでした。イエスキリストについて聞いたことがない人に教えることが大好きです! 表示件数を増やす

  • 実は、モルモンはただ人に迷惑をかけるために伝道しません。よく、私みたいな変な外人がいきなりドアにあらわれてブアーっと話してしまいますが、それも実はちゃんとした理由もあります。 宣教師はイエス・キリストの教えからすごく助けられたので、皆さんにも分かち合いたい気持ちでまわっています。 一人だけでも多くの人にこのキリストの教えの幸せを味わっていただきたいです。 皆さんが、今よりもっとより良い人生を送れるようにどうにか助けとなりたいと思って、がんばっています。 表示件数を増やす

  • 伝道の目的は人々にキリストのもとへ来るよう勧めることです。 それはモルモンに与えられた責任です。私たちにしかできないのです。 人々が救いを選択できるように私たちがイエスキリスト代わって人々に福音を伝えに行くのです。 この福音のみが人々が救われる唯一の教えだと知っているからです。 また、私はこの福音から大きな喜びを見出しています。その喜びを純粋に人々に味わってほしいと思っています。多くの人と共にこの道を歩みたいのです。 表示件数を増やす

  • わたしは伝道の終わりころ,ある婦人に会いました。9年以上も教会の求道者だった人です。その間,幾つかの宗教について熱心に研究していました。彼女がバプテスマを受けたいと言ったとき,最初に尋ねたいことが少しあると言いました。最初の質問にわたしは驚きました。「あなたのお父さんは木工職人ですか。」変な質問だと思いながら,「そうです」とわたしは答えました。次に「子供のころ,お父さんと一緒に作業場で働いたことがありますか」と聞かれました。彼女には答えが分かっているように思える質問をなぜするのか不思議に思いながら,再び「はい」と答えました。次の質問にわたしはびっくりしてしまいました。「あなたはお父さんと一緒に作業場で働いたとき,赤と白のネルのシャツを着ていましたか。」その質問がわたしを驚かせたことが彼女にも分かりました。10年ほど前,わたしの祖父が亡くなりました。祖父のシャツの1枚を作業用にとっておきました。祖父の屋敷の手入れをするために過ごした2週間の間,父と一緒に模型のヨットを作った作業場で着るのに使ったのです。彼女が海を越えた遠くにいるわたしの家族の記録をさかのぼって,何らかの方法でわたしの過去を知ったのかと不思議に思いました。   彼女がわたしの過去を見透かしたことでわたしが戸惑っているのを見て,彼女は続けてこう言いました。「こんな質問をする理由をお話しましょう。9年前に末日聖徒の宣教師に初めて会い,モルモン書を読んだとき,わたしは神に祈り,この教会に入るべきかどうか尋ねました。祈った後,べッドに静かに横たわって,目を閉じました。すると,ある場面が頭に浮かんできたのです。父親と息子が作業場で働いている場面でした。少年は赤と白のネルのシャツを着ていました。声は何も聞こえませんでしたが,よい気持ちでいっぱいになりました。そしてその少年はわたしにバプテスマを授けてくれる宣教師だという気持ちがしました。9年もかかるとは考えてもみませんでしたが,あなたが最初にわたしの家の玄関へ来たとき,あなたがその少年だと分かりました。」イギリスでわたしが過ごした2年間の伝道期間のまさに最後の日に,わたしたちは一緒にバプテスマの水に入りました。 自分が経験したことのある幸福を他の人が経験するのを見ることは,何と嬉しいことでしょう。人に奉仕する理由は,ほかの人の喜びを一緒に味わうことであり,またこの善良な姉妹のように,主のみもとへ連れてこられる一人一人に対して救い主が喜んでおられることを知ることにほかなりません。宣教師として奉仕する理由は,救い主イエス・キリストを愛しており,霊の兄弟姉妹を愛しているからです。 表示件数を増やす

  • 2012年10月現代の預言者のモンソン大管長は「男性は18歳から、女性は19歳から伝道に行く事ができます」と発表されました。確かに、専任宣教師としては2年間又は1年半伝道に行く事ができるようにはなりましたが、聖典にはこのように書かれています。「人々が私(イエス・キリスト)の福音に召され、永遠の聖約を交わす時、彼らは地の塩、又人の味と見なされる。」(D&C101:39)この「福音に召され、永遠の聖約を交わす時」とは、いつの事なのでしょうか。『モルモン書』には次のように書かれています。「神に贖われ、第一の復活にあずかる人々と共に数えられるように、いつでも、どのような事についても、どのような所にいても、死に至るまでも神の証人になる事を望んでいる。真に、私は貴方方に言う。貴方方が心からこれを望んでいるのであれば、主から益々豊かに御霊を注いで頂けるように、主に仕えて主の戒めを守るという聖約を主と交わした証拠として、主の御名によってバプテスマを受けるのに何の差し支えがあろうか。」(モーサヤ18:9-10)つまり、「福音に召され、永遠の聖約を交わす時」とは、バプテスマを受けた時点からになります。ですから、正確には「伝道に行く」というよりも「伝道する」の方が正しいと思います。では、「なぜ伝道する」のでしょうか。私は2011年10月に癌の3度目の摘出手術をし入院中に聖霊の力によって特別に学んだ事をここで分かち合いたいと思います。「神の御子は、あらゆる苦痛と苦難と試練を受けられる。これは、神の御子は御自分の民の苦痛と病を身に受けられるという御言葉が成就する為である。又神の御子は、御自分の民を束縛している死の縄目を解く為に、御自身に死を受けられる。又神の御子は、肉において御自分の心が憐れみで満たされるように、又御自分の民を彼らの弱さに応じてどのように救うかを肉において知る事ができるように、彼らの弱さを御自分に受けられる。さて、御霊は全ての事を御存じである。にも拘わらず、神の御子は御自分の民の罪を負い、御自分の解放の力によって彼らの背きを取り消す為に、肉において苦しみを受けられる。さて見よ、これが私の内にある証である。」(アルマ7:11-13)私はこの聖句について聖霊の力によって理解したいと手術前に思い、祈っていました。すると、次の聖句を思い出しました。「よくよく貴方方に言っておく。貴方方は泣き悲しむが、この世は喜ぶであろう。貴方方は憂えているが、その憂いは喜びに変わるであろう。女が子を産む場合には、その時が来たというので、不安を感じる。しかし、子を産んでしまえば、もはやその苦しみを覚えていない。一人の人がこの世に生まれた、という喜びがあるためである。このように、あなたがたにも今は不安がある。しかし、私は再び貴方方と会うであろう。その喜びを貴方方の心は喜びに満たされるであろう。」(ヨハネ16:20-22,ルカ15:7)「人々から侮られて捨てられている彼(イエス・キリスト)は悲しみの人で、悲哀を知っている。そこで私達は、彼から顔を背けるかのように振る舞った。彼は侮られ、私達は彼を尊ばなかった。真に彼は私達の悲哀を負い、私達の悲しみを担った。ところが私達は彼の事を、打たれ、神に罰せられ、苦しめられているのだと受け止めた。しかし彼は、私達の背きの為に傷つけられた。私達の平安の為に、懲らしめが彼に及んだ。彼の鞭の打ち傷によって、私達は癒されている。私達は皆、羊のように迷って、各々自分の道に向かって行った。主(御父)は私達全ての者の罪悪を彼に負わせられた。彼(イエス・キリスト)を傷つける事は主(御父)の御心に叶っていた。主は彼に苦痛を受けさせられた。貴方が彼を罪の捧げ物とする時、彼は自分の子孫を見てその命を延ばし、主(御父)の御心は彼(イエス・キリスト)の手によって栄える。彼(イエス・キリスト)は自分自身の苦しみを知り、それに満足する。彼の知識により、私の義に叶った僕は多くの者を義とするが、それは、彼(イエス・キリスト)が彼らの罪悪を身に負うからである。」(モーサヤ14:3-7,10-11)「イエスは言われた、『貴方方は自分が何を求めているのか、分かっていない。貴方方は、私が飲む杯を飲み、私が受けるバプテスマ(伝道)を受ける事ができるか』。」(マルコ10:38,ルカ22:42-44)「ある人々が肉体にも霊にも大いに価値があると思う事を、他の人々が何とも思わないで足の下に踏みつける事がある。真に、イスラエルの真の神(イエス・キリスト)ですら人々は足の下に踏みつける。足の下に踏みつけると言ったが、言い換えれば、彼らは神を取るに足りない者として、その勧めの声に聞き従わないという事である。」(1ニーファイ19:7)私は主に倣い伝道します(エノス1:26)。 表示件数を増やす

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